救われない彷徨者(わたしたち)へ…












 夜半。
 闇に飲まれた路地裏で、一人の男の叫喚が響いた。

「あ、あぁ…《首切り魔女》……ッ!?」

   右手の手首から先を莫くした男は、眼前に佇む二人の少女を見て戦慄した。

 《首切り魔女》。最近巷で有名な殺し屋の通り名だ。ここらを取り仕切る裏の人間で、彼女(・・)を知らない人間はまず居ないだろう。

 彼女の事について知っている事は二つ。

 「女性であること」と「彼女に殺された人間には、首から上が無いこと」だ。
 特に後者を知っていたが故に、女性の中でも特に力の強い人物だろうと、男はそう思っていた。少なくとも、小さな子供などは、そのような噂とは微塵の関係も無いだろうとタカをくくっていた。



 ーーそれが失敗だったのだ。



 男は快楽に飢えていた。
 絶え間無い使い走りに辟易していたのかもしれない。裏社会の仕事には人道的な雇用形態などなく、もうこんな仕事はウンザリだと、そう投げやりになって、彼は薬に酔った。
 後のことなど考えていない。失敗がどうのだとか、報復がどうのだとか、そんなことはどうでも良かった。ただ、今はこの万能感に酔っていたいと、そう蕩ける頭でぼんやりと想起しながら、男は、とある女性を視界の端に捉えた。

 女は幼い二人組だった。双子だろうか、瓜二つの顔を並べて街行く人々を虚ろな目で眺めていた。黒髪の娘が白いワンピースを、白髪の娘が黒いワンピースを対照に着ている様子は、まるで少女が鏡写しになったかのような錯覚をもたらす。双子の姉妹は男に気付くと、不安げに首を傾げた。

 ーー不運にも、男は彼女らの怯えの表情に欲情していたのだ。

 思考がぐちゃぐちゃに潰れたまま、男は少女に近寄る。そこからの会話はよく覚えていない。口から溢れる言葉、それに準じたあの手この手を使って、どうにか路地裏まで誘いこむことに成功した。二人抱き合って震える少女は、男の欲望を際限なく溢れさせる。はやる気持ちに歯止めが効かなくなり、ついぞ少女の柔肌に触れようとした瞬間だった。

 男の右手が飛んだのだ。

 彼の目に映ったものは漆黒の刃。実体の無いソレは不定形で、闇が漏れ出ているかのような黒い霞を湛えてこちらを睥睨する。深い闇のせいか、全体像が見えない。が、二枚刃になっているところを見ると、おそらく鋏でも模しているのだろう。少女を包み込むようにして佇む影は、見かけに過たず死神のソレである。

 もはや数秒前までの震える少女は、影も形も無かった。

 それから数瞬遅れて痛みが襲ってくる。溢れ出る紅を必死で抑えながら蹲っている男が彼女らの正体を理解したのはその時だ。

「あ、ああ……」

 この情けない声は自分のものなのか。だとすればなんという皮肉であろうか。そんな少女の声を聴きたくてこんな路地裏に連れ込んだのだというのに。

 ふと。視界が一回転した。首のあたりに凄まじい熱を感じて、男はくぐもった声をあげる。

 暗転する意識のなか、最後に彼が聴いたのは幻聴か、いやーー。

sasie



「「ーーばいばい、素敵なお兄さん」」




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